2014年4月14日 (月)

【妄想】「さよなら」と、リズム

統計データを持っていないから正確なことは言えないけれど、私自身の感覚として、2011年3月以降の日本では市民によるデモが増えたと思う。デモというもの自体私には馴染みがなかったから、なにを訴えているのか、足を止めて気にかける。
個人的にひとつ、気になることがある。不謹慎かもしれない。怒らずに聞いてほしい。
それは、デモにおける「人々の真剣さ」と「場のテンション」のギャップ、である。「さよなら原発」と書かれたパネルを掲げる中年女性の隣に、4ビートのノリでリズミカルに太鼓を叩いている男性がいる。彼は真顔だ。真剣そのものだ。
 
「さよなら」と、リズム。
それは葬儀と似ていると思った。ひとたび人間が亡くなれば葬儀屋がやってきて、花やら棺桶やら火葬場やら、なんやかんや用意して、果てのクライマックスが葬儀である。その開催場所である斎場にて行われるのが坊主による木魚4ビート・ライヴである。オーディエンスは泣いている。主に坊主の演奏はどうでもよくて、親しかった故人との別れがさみしくて、故人の死が悲しくて、「ああもう一度飲みに行って話しておけば良かった」「生きているうちに仕事で結果を出して喜ばせたかった」などと思いながら泣いている。坊主ビートはあくまでそのBGMである。坊主は何を思っているのか。デモ隊の中で、神妙な顔をして太鼓を叩く男性。私は無意識のうちに、彼に葬儀のときの坊主を重ね合わせて見ていた。

「さよなら」と、リズム。
いっそのこと逆転の発想として、葬儀をデモ隊でやってしまうというのはどうだろうか。
例えば、私が近いうちに死んだとする。それで「デモ葬儀」を開催するとする。
「ナム、アミ、ダブツッ!ドン、ドン、ドドドン!ナム、アミ、ダブツッ!ドン、ドン、ドドドン!」
「ドン、ドン、ドドドン」部分は、仏教に詳しい坊主が木魚あるいは太鼓でやればいい。こうすれば、葬儀特有のしめっぽさを感じないまま、純粋に故人を笑顔で送り出すことができる気がする。参列者だって、喪服を着てくる必要性も無い。終わったら友人同士集まったノリで打ち上げにでも行けば良い。それに死んだ方からしても、インパクトがある葬儀だから、楽しい記憶とともに覚えていてもらえて都合がいい。
最近、暗証番号を入力すると「ウイーン!ガシャン!」って故人の遺骨が出てくる、という立体駐車場的な霊園ビルが流行っているらしい。カラフルな刺繍が施されている死に装束も売れ筋とのこと。散骨用に骨を砕いて粉にする石臼をレンタルする業者が捗っている、っていう話もつい最近、新聞で読んだ。もはや何でもありじゃんか、と思う。多様性があっても良いのではないか、と、思う。ちなみに私は、自分の葬儀のときはcapsuleの「world fabrication」を流して、縦揺れピコピコ系のノリで出棺してほしいと思っている。いさぎよく。バスドラムのリズムにのせて。

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2014年1月16日 (木)

【妄想】コワーキングスペース

「コワーキングスペース」と聞くたび、頭の中にこんな図が浮かぶ。
何かしらの理由があり「怖いキング」になった王が集う、喫煙所のような憩いの場だ。

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(※クリックで拡大します)



ロケーションは「羽田空港の到着ロビー付近」という設定。

【メンバー紹介】

(左)「なんか顔が怖い」というだけの理由で国民から忌み嫌われている王様。毎朝自主的に皇居周辺でゴミを拾うのが日課だが、皇居ランナーに挨拶しても完全にシカトされる。被災地の体育館を訪問すれば子どもが泣き出す。服装にこだわってみても無駄。報道陣が撮影した写真では自分だけ見切れている。インターネットの大型匿名掲示板を覗いてみたら「東大寺南大門の横にいるやつの口開けてる方」というあだ名がついていた。皇后の嫁も目を合わせてくれない。家族も侍従も、自分の顔を見ると不快な気分になるようだ。公務が終わり家に帰ると電気が消えている。侍従が業務として用意してくれたフカヒレスープとフォアグラを、自分でチンして食べる。部屋が広い。ひとりぼっち。むなしい。

(中)7人兄弟の4番目。自分以外のきょうだいは15歳の誕生日を迎えられずに伝染病で死亡した。「お前は俺の分まで頑張って生きろ」。遺言を励みに、早朝の煙突掃除アルバイトで学費を稼ぎ、勉学に励んだ。夕方になれば同級生と街に繰り出し、3サウジアラビアリヤル(日本円で約80円)の総菜を買って路上で食べた。唯一の楽しみだった。その後、成績と熱意が認められ、政府の給付奨学生となり大学院まで進学。地質学分野での実験と称して現地調査したところ、突然荒野から石油が沸き上がった。金銭的には豊かになった。高い洋服を買い揃え、社交界に出席することで優越感を得ていた。今考えれば、自分は天狗になっていたと思う。「お前、変わったな」。学生時代の友人は皆離れていった。黄金の食器に並ぶ世界中の珍味。200羽分の毛が入ったふかふかベッド。アロマ薫る寝室には、お洒落な蚊帳みたいなアレが掛かっている。でも、ちっとも嬉しくない。さっき暴漢に刺された左肩が痛い。流れる血が温かくて、自分も生身の人間なんだなあ、と思った。一度でも良い。愛が欲しい。

(右)「一国の王」というプレッシャーに耐えるだけで精一杯だ。なぜ国王には、職業の自由が無いのだろうか。俺も六本木とか赤坂とかで働いてみたい。ノマドワーカーとかにもなりたい。パチンコ店でエヴァの台を打ってみたい。でも、どうしようもない。自分は国王だから。行き着いたのが麻薬だった。「今回のストレスには耐えられない。一度だけなら使用しても良いだろう」。その時は良かった。離脱症状で腕が震えた。あっという間に中毒者になった。国一番の名医を呼びつけて治療を受けたが、我慢出来ずまた麻薬に手を出してしまった。結局、精神科病院にも入院。国王だからといってナースがあからさまに気を遣ってくるのがつらい。消灯後の暗い病棟、真っ白な天井が嫌いだ。時折、「ポン、ピーン」と、下り行きエレベータが自分の階に到着する音が聞こえる。複数の足音と、キャスターで移動ベッドを転がすような音が聞こえる。きっとまた誰かが死んだのだろう。遠くからうめき声が聞こえると思ったら自分の声だった。今にも死にたいが、具体的な危機状態ではない。苦しい。心が苦しい。ナースコールを押せない。生きていけるのだろうか。依存から抜け出せない絶望感に、苦しみ続けている。


(全て妄想です)

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2013年11月28日 (木)

ノム人

デザインフェスタ終了翌日から歯が痛みだし、歯科医に駆け込んで歯を抜きました。快復したらあらためてデザインフェスタの報告記事を書きます。

画像は、先日鎮痛剤で意識が朦朧としている中で考えた新しい民族「ノム人(のむじん)」です。
巨大な体躯が特徴ですが、「飲む人に効く!」として売り出しているヘパリーゼを頭に掛けると死んでしまうのです。
年末年始、気付けば"ノム人"にやられてしまう事もあると思います。
ご注意ください。自戒も込めて。

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2013年10月31日 (木)

デザインフェスタに出ます!

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またデザインフェスタに出ます。7回目の出展となります。
今回から出展者選抜が抽選制になったのですが、運良くブースを確保することが出来ました。
ブースナンバーは「B-58」。入り口通過して、右のエスカレーター降りて1階、そこから右奥に見えるBの扉から入った奥のほうです。


これまでの経験上、ブースが入り口から遠い奥の方になると、お客さんがあまり来ません。
入り口近くの角だった前回と比べたら売り上げは落ちると思います。でも裏を返せば、作品に興味を抱いて下さったひとりひとりと、じっくりまったりお話し出来る場所でもあります。
どんな人に会えるのだろうか。わたくし、いまからワクワクしています。

みなさん草山ブースに来て下さい。色んな話題を聞かせて下さい。
純粋に、まだ見ぬみなさまとお会い出来るのを楽しみにしています。

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2013年10月 8日 (火)

人間観察

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電車の中でiPodを使う頻度を、少しだけ減らしてみた。

ある日なんとなくイヤホンを外した。駅のメロディや発車音、酔っぱらいの叫び声、女の甲高い声、誰かのヘッドホンから漏れるシャカシャカ音。雑多な音を全身に浴びて過ごす。日常を日常として、イヤホンの音楽で遮断することなく過ごすのも、悪くないと思った。

そうなると視覚的な意識も自然と車内に向かう。乗客の様子をひたすら眺めていることも、以前より増えたと思う。

人間観察、と言ってしまうとあたかも私が悪趣味サブカルクソ女のようであるが、そうではない、観察しているのではない。ただ何となく眺めているだけだ。と思いたい。だって、本当に人間観察をしている人間というのはもっと生々しくて、臭わない臭気のようなものを放っている。片手に無印良品やロディアやそういう系のノートを持ち、ドアの脇あるいは座席に身を置いて、3メートルほど離れた席の老婆やサラリーマン男性などの服装髪型持ち物をボールペンでひたすら模写している。しかも結構適当であり、描いているうちに性別が変わってしまったり肥満男性がイケメン風になったり、謎の架空人物が老婆の隣に座っていたりする。ファンタジック。観察対象者がスケッチ途中に下車してしまうと、しょんぼりした様子でペンを置き、ページをめくってまた別の人間を懲りずに観察し始める。すぐ立ち直り再出発する健気な態度に心打たれる。私も見習いたいものである。

彼らはしばしば、小田急や東急など都心行き私鉄の上り列車によく出没する。意外にもユルい会社員風(「イノベーションで若い力」とか「弊社はフレックスタイム出社です」とか言いそうな感じ)の中年男性が多い。あれは何なのだろうか。楽しいのだろうか。内澤旬子さん的なイラストルポでも出版する気なのだろうか。どこかで流行っているのだろうか。流行っているのなら私にもその醍醐味を教えて欲しい。醍醐味に共感したら私も始めたいかもしれない。などと凝視したうえ考察している私が誰よりも一番気持ち悪い悪趣味クソ女じゃないか、と今この文章を書きながら思った。

私が誰かを眺めているように、私も誰かに眺められ、その誰かも誰かに眺められ、その誰かを眺めているも誰かも誰かに・・・。俯瞰して見れば、社会というのは案外、そうしてぐるぐる回ることで、上手いこと機能しているのかもしれない。

そういえば、私はそもそも何を書こうとしていたのだろうか。忘れてしまった。「電車に乗っている時は、考え事をしています」などと優等生ぶってみたのはいいが、結局私はこんなくだらないテーマばかりに脳のリソースを使っている。そして疲れて酒を飲む。

こんな人生。でも1日の終わりに飲む酒はおいしくて、生きていて良かったと少し思う。


(撮影場所:鎌倉市)

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2013年8月 4日 (日)

薬入れ

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 病院で処方される薬。
 
 白い紙袋に入っていて、服用回数や調剤薬局の名前が書いてある。数種類処方されるから、まとめてごそっとレジ袋に入れてもらう。
 
 暑くない季節は良かった。レジ袋をまるごとリュックサックに入れて持ち歩き、服用する時だけおもむろに取り出したら良かった。
 
 しかし、夏である。口が大きく開いた麻のトートバッグをよく使うようになると同時に、彼等が存在感を主張し始めたのだ。しわくちゃになったレジ袋、そして透けて見えるよれた紙袋と病院名。せっかくポップな色合いとデザインで揃えたハンカチ類や文具を彼等は難なく威圧し、病的な様相を惜しみなくさらけ出している。
 
 私は飲み薬を、もっとスタイリッシュに携帯したい。どのようにして持ち歩くのが最良か。最近たびたび、考えを巡らせている。
 
 例えば、ピルケースを使うという案。定番だけれど、これは駄目だった。薬局の紙袋が無いと、薬の名前や飲むタイミングが分からなくなってしまう。毎日「食後に飲むのは、どの薬だったろうか・・・」「何錠飲むんだっけか・・・」などと考えた末、結局スマホを取り出し検索ボタンにてGoogle先生を召喚する。まったく、これではスマートさの片鱗もない。
 
 それでは、雑貨のポーチに薬局の紙袋ごと入れてはどうか、と考えた。が、それもだめだった。なにしろポーチというものは、おしなべて横長なのである。もちろん紙袋を90度倒し、横にした状態で入れれば入るだろう。ただ、服薬時間が来る度に紙袋をポーチの中で回転させ、紙袋がポーチからはみ出た状態でガサゴソと薬を大仰に取り出しては口に入れる、などという作業には時間が掛かりすぎる。薬を飲むという作業は本来憂鬱である。病人であることを忘れたい身にとっては、一瞬思い出すだけでも苦痛が増すだけである。
 
 私は負の象徴である薬を、素敵な持ち物として携帯したい。魅力的なものであろうと自分自身に、周囲に、錯覚させたい。ここまで考えて、ふと気が付いた。「これって、自らを取り繕う時の感覚と、とても似ているのではないだろうか」
 
 もっとスタイリッシュにしたいのは薬の包装でなくきっと自分という人間そのものなのではあるまいか。なるべく露呈しないよう試行錯誤するも、鞄の中でもみくちゃにされ、結局はよれよれになった状態で顔を出し主張する醜い姿。それこそが私なのではあるまいか、と。
 
 生きて、歴史を重ねるという行為は、負債を背負っていくことと同義だ。苦い記憶から目を背ければ成り立たない。隠していても露呈する。でもそれが、生きている証なのではないか。いまの私に必要なのは、オシャレな薬入れよりも、覚悟かもしれない。


(写真の撮影場所:横浜市)

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2013年7月12日 (金)

流行りもの

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 突然、ユナイテッドバンブのトートバッグが欲しくなった。2年ほど前にすごく流行った、持ち手だけ牛革で、あとはキャンバス地で「LE BAC」などとプリントされているもの。しかし、少し前まで沢山バッグが並んでいたファッションビルに赴いても、全く売っていなかった。問い合わせたところ、ユナイテッドバンブー自体が、人気ブランドを展開するアパレルメーカー・オンワード樫山に買収され、店舗販売は撤退したとのことだった。「もはやこのバッグは流行遅れでダサいのではないか」と、思わず購入を躊躇した。ただ、1週間ほど考え悩んだ末、やっぱり欲しくて通販で買った。

 時代が私の嗜好を追い越していく。

 今年の初春に購入した、コーチの財布もそうだった。これも2年ほど前だったか、あのお馴染みのCが並んだ茶色い布を濃いピンクのレザーと組み合わせたシリーズが流行った。電車に乗れば目の前に立った女性のバッグがそのコーチ。街でそのコーチ。会社に行く途中の道でそのコーチ。丁度、10年来愛用してきた財布が大破した時期でもあった。「コーチの濃いピンク」の財布が欲しくなってしまった。私にとってはコーチの商品はあまねく高価な物なので、随分と検討したものだ。数カ月後、購入を決意して「そごう」内の直営店に行った。財布が欲しい旨店員に伝えたが、しかし、店頭にはほとんど出ていないのだった。「もう次のシリーズが出ているので」と店員。メインのショーケースには、牛革に小さな穴ぼこがポツポツ空いた生地の鞄が、ずらりと並んでいた。

 流行とは、一種の宣伝だと思う。素敵なアイテムをお洒落に使いこなしている市井の人々を見ると、その品に魅力を感じる。それで欲しくなる。繰り返し目にする。購買意欲を煽られる。この仕組みは非常に合理的ではあるまいか。それなのに、欲しくなった頃には流行は去ってしまう。叩き売りされ、売場からは姿を消していく。ああ。なんと儚く刹那で不条理なことよ! ひとたび新鮮さを失えば、モノが古くなってしまうのか。バッグも財布も流行遅れだけれど私は好きだ。でも、「好きだけど遅れている」という状態については、いささか辛いと思う。地団駄を踏みながら牛の鳴き真似でもして暴れたい気分になる。四つん這いになり、否、床に寝そべって、四肢を宙にバタつかせながら。ああ。クローゼットへと葬られた牛革の悲哀よ永遠に! そして私は叫ぶのだ。この世界の何と不条理なことよ!

 しかし、そういうものなのだ。流行とはそういうものなのだ。世の中とは、そういうものなのだ。ああ。もっとみずみずしく生きたい。


(写真の撮影場所:香川県)

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2013年5月25日 (土)

デザインフェスタ無事に終了しました!

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 5月18〜19日、東京都江東区の東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催されたアートイベント「デザインフェスタ」に出展しました。年2回開催されており、今回が37回目。私は2年半ぶり6回目の出展です。与えられるスペースは、1企画当たりタタミ1畳ほど。せめぎ合うように3000以上の展示があり、「アジア最大級のイベント」として知られています。


 ブースの位置が良かったのか、作品のテイストが良かったのか分からないけれど、普段よりかなり多くのお客さんに関心を持ってもらうことができました。作品は多めに準備したつもりだったのに、一部は人気で売り切れるほどでした。また、「太宰治の似顔絵ヘアゴム」「コンビニ帰りの少女のA4パネル」というようなニッチな作品まで、大切そうに持ち帰ってくれる人がいました。色々な感性を認めてくれる人がいるんだなあと思って、なんだか嬉しかったです。


 でも、デザインフェスタの一番の醍醐味は、生の感想や言葉を対面でお客さんと交わせることだと思います。「ちょーかわいいんだけどー」とはしゃぐ女子高生。何分間も絵の前でしゃがみ込み「ニホンゴ、ワカラナイケレド、コウイウノスキ」と言ってくれたフランスの美人さん。売り切れた作品を増産すると伝えたら「取り置きをしておいて欲しい」と予約してくれた若い男性もいました。


 数年前に起業したというアツい中年男性(以下、僭越ながら「おじさん」と呼ばせて頂きます)とは、数十分話しました。

おじさんはとにかく、私に向かって矢継ぎ早に質問を投げかけました。


 君はイラストレーター専業? いえ、会社勤めをしながら絵を描いています。会社での仕事は? 新聞記者です。絵の仕事は専業でやらないのか? 例え絵が幾らたくさん売れても、記者の仕事は続けたいです。絵をお金に換えるという行為は、しんどいです。例えばこれまでに、クライアントから「もっとジブリっぽくして」などと言われたこともありました。じゃあスタジオジブリに頼めよ的な気持ちになりました。文房具でも、キャラクターものが売れていますよね。例えばプリキュアとか。そんな感じで、絵というものを、キャッチーに商業的に矯正していかなくてはカネにならないというのなら、いっそのこと無理して換金する必要は無いのではないかと思うのです。一方、新聞記事を書くときの「表現」は、絵のそれみたいに表現自体が目的というのではなくて、あくまで読み手に情報やら人間の営みやら喜怒哀楽やらパッション的なものやらを少しでもしっかりと伝えるための、広義でいう「手段」だと私は思います。主役は、自己表現する記者やその文章ではなくて、あくまで取材対象。経験が浅いのでもしかしたら違うかもしれませんが、少なくとも私にとっては今のところそういう感じです。「アウトプットする立場」という姿だけを切り取って見たならば絵も文章も同じようなものかもしれません。でも、そうじゃないんです。基本的に、絵は利己的に好き勝手にやっているのが楽しいんです。計算とかそういうのもしませんし見てくれる人のことも全く考えていません。そんなんなので、だいたいの場合、私は酒を飲みながら絵を描いています。新聞記事を書く時は、そんなことしません。少しでも人に伝わるように、とにかく冷静にそれでいてパッション的なこと含めきちんと正確に記すように、コーヒー片手に机に向かって、ひたすら冴え渡らせた頭の中をこねくり回して悩むのです。スタンスが全く違うのです。どんな大学を出たか? 普通の学校に行きました。青山学院の日本文学です。美大とかは考えなかったのか? 考えなかったです。私の場合はまだ知っている世界が狭い、と高校時代に感じていて、絵の技術そのものを学ぶことよりも人間の気持ちやら世の中の事象やらを沢山吸収することの方がずっと糧になると思ったからです。人として中身が無いと多分何もアウトプット出来ませんからね。今の目標? 新聞記者として満足いく記事を書いて、人の心を動かす原動力になることです。新聞記者の仕事は面白いです。成果を出したいです。今後について? 分からないです、だっていま私24で、5年後とか10年後とかに何をやりたいかなんて分かりません。転職していく先輩もいます。でも、今やっていることを本気でやらないとこれから先どうやって生きていったら良いかなんて見えてこない気がします。分からないんです。人生については正直悩んでいます。こんな年齢なのに。これからどうすべきなのか・・・


 すると、おじさんはニヤリと笑って、こんなことを言ったのでした。


 「自分も、悩みながら生きてきた。文房具のメーカーを立ち上げたのだって最近のこと。57だけど、今も人生悩んでいる。悩みながら生きている。だから、20代の今悩むのは当たり前。悩んでいても、良いんだ」


 最近、私は、歳をとっていくのが怖いという感覚が少しずつ芽生えてきました。園芸で育ってきた苗を間引きするような。植木の剪定をするような。要らないものを極限までそぎ落とさないと本当に大切なものが強く育たない気がして、必死になっている。でも捨てられなくて、結局全部大切にしていて、どうしようか。迷っていては駄目だと思っていて、でもどれかを必ず今にも間引きして一本にしなくちゃいけない気がして、常に急いでいました。でも、もしかしたら、じっくり焦らず迷う期間も大切にした方がいいのかもしれません。そしておじさんには、そんな私の気持ちを見透かされてしまったのだと思います。


 沢山の人が立ち止まり絵を見てくれたり、代価を払って作品を持ち帰ってくれたりする嬉しさ。イラストレーターとしてのプロジェクトの話を持ちかけてくれたり評価してもらえる嬉しさ。そして、起業おじさんのような方との一期一会の出会い。それがあるからやめられない。つくづく感じた2日間でした。


 あらためて、遊びに来てくれたお客さん、デザフェスで出会ったアーティストさん、学生時代の後輩や友人、仲良くしてくれた出展者のみなさま、ブース保守や撤退を手伝ってくれたいまいさん、休日を取得させて下さった会社のみなさま・・・。たくさんの方々に支えられていると実感しました。本当に、ありがとうございました。

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2013年5月13日 (月)

【久々の日記】デザインフェスタに出展します

ずいぶんと長いあいだご無沙汰しておりました。草山です。
2年半ぶりにデザインフェスタに出ることになったので告知します。
(画像はクリックで拡大します)

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前回出展した2010年秋、私は大学生でした。
あれから何があったろうと、思い起こしてみました。

▽11年春、東日本大震災の混乱でデザインフェスタという概念が頭から消えた。デザフェス開催時期の5月にはレンタカーを借りて福島県南相馬市に行き、津波で流された写真を洗浄する手伝いをしてきた。
▽11年秋、春に就職した会社で、朝から深夜まで仕事をしていた。癖になるというかハマる系の職種(※取材記者職)のため、夢中になるあまり寝食を忘れるほどだった。この時期は絵もあまり描かなかったと思う。
▽12年春、疲れてしまった。何となくアンニュイな気分で過ごすのがマイブームだった。仕事が無い日は酒を飲み、ヴィレッジヴァンガードで表紙買いした謎の漫画を読んで過ごす、っていうスタンスの生活をしばらく続けていた。
▽12年秋、やる気はあったのだけれど、ぼーっとしていたら先着順の申し込みに追いつけぬうちにデザフェス締め切り。出展を断念。

そうした経緯からの今回の出展。描き溜めた新しい絵などをたくさん持って行きます。色んな人と話せると嬉しいなあと思います。デザインフェスタにいらっしゃる際は是非見に来て下さい。
お会い出来るのを楽しみにしております。

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2010年6月 1日 (火)

ヤナイさん

昼過ぎ、ガストにて


知人「この間、ヤナイさんがNHKに出ててさぁ」
私「おお、ヤナイさんね!」
知「いやー、あの人の話を聞いているといつも、天才だなあと思うよ」
私「うん、思う思う」
知「一代で独立して、あそこまで有名になるなんてね」
私「若者からすればカリスマ的存在だよね」
知「良い大学を出て大きな企業に就職したのに、そこを辞められるのも凄いよね」
私「ねー」
知「最近は本も出しているし」
私「雑誌のインタビューとか、超興奮しながら立ち読みするわあ」
知「実際、見渡してみると結構身のまわりに商品あるもんね」
私「そうそう!あー、これもそうなんだ!って思うよね」
知「最近のものは色合いが鮮やかでお洒落だし」
私「むしろビビットな感じがかっこいいと思う」
知「何枚あっても嬉しいっていうか」
私「気に入ったバージョンがあれば、ついつい集めてしまうよ」
知「『ヒートテック』とかね!」
私「『NO MUSIC, NO LIFE』とかね!」
私「え?」
知「え?」
私「箭内道彦?」
知「いや、柳井正」
私「途中まで話かみあってたよね」
知「ああ……」



※Wikipedia
柳井正
箭内道彦

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